ジャーナル
2026.10.23

野田幼稚園のみなさんと、牛乳が生まれる場所を訪ねる2日間。
毎日、当たり前のように食卓に並ぶ食べもの。
スーパーに行けば牛乳があり、パンがあり、野菜がある。私たちは日々、さまざまな食べものに囲まれて暮らしています。
けれど、その食べものがどこで生まれ、どのような過程を経て、自分たちのもとへ届いているのか。
普段の暮らしの中で、その背景に思いを巡らせる機会は、意外と少ないのかもしれません。
今年も、野田学園幼稚園のみなさんが船方農場を訪れてくれました。
毎年恒例となっている農場見学。今年は2日間に分かれて、子どもたちに子牛とのふれあい、牛舎見学、そして乳搾りを体験してもらいました。
野田学園幼稚園では、普段から船方農場の牛乳を飲んでいただいています。
いつも飲んでいる牛乳が、どこからやって来るのか。
その答えを、実際に見て、触れて、感じてもらう2日間となりました。

最初に訪れたのは、子牛たちが暮らす場所。
大人の牛に比べればまだ小さな体ですが、子どもたちにとっては、それでも十分に大きな生きものです。
近づいてみたり、少し離れたところから眺めてみたり。勇気を出して、そっと手を伸ばしてみたり。
牛との距離の縮め方は、一人ひとり違います。
私たち酪農家にとって牛は、毎日顔を合わせる身近な存在です。しかし、子どもたちにとっては、これほど大きな生きものに間近で触れる機会は、そう多くないはずです。
牛の体温。毛並みの感触。鼻先の動き。
写真や映像では伝わらないことが、実際に触れてみることで伝わってきます。
そして、牛にも一頭一頭に個性があります。
人懐っこい牛もいれば、少し慎重な牛もいる。同じように見えても、それぞれに違った性格や表情があり、私たちは日々、その違いを感じながら牛たちと向き合っています。
牛乳を生み出してくれる牛たちも、私たちと同じように生きている。
そんな当たり前でありながら、普段はなかなか意識することのない事実に、触れてもらう時間です。

子牛とのふれあいを終えたあとは、牛舎の見学へ。
牛たちは、毎日何を食べているのか。どこで休み、どのように過ごしているのか。そして、酪農家はどんな仕事をしているのか。
そんな牛たちの日常を見てもらっていると、子どもたちから次々と質問が飛んできました。
「どうして牛の耳には黄色いのがついているの?」
「なんで牛は白と黒なの?」
「牛はいつ寝ているの?」
私たちにとっては、毎日見ている当たり前の光景。
けれど、子どもたちの目には、そのひとつひとつが新鮮で、不思議なものとして映っているようでした。
牛の耳についている黄色いものは「耳標(じひょう)」と呼ばれるもので、一頭一頭を識別するための大切なものです。
白と黒の模様は、船方農場で飼育しているホルスタインという品種の特徴。実は模様の入り方も一頭ずつ違います。
そして牛は、人間のように夜にまとめて長い時間眠るのではなく、一日の中で短い睡眠や休息を繰り返しています。
こうした質問に答えながら、私たち自身も改めて気づかされることがあります。
毎日牛と接していると、いつの間にか当たり前になってしまうこと。
けれど、子どもたちにとっては、目の前にあるものすべてが発見の連続です。
「どうしてだろう?」
そう思うことは、何かを知ろうとする最初の一歩。
牛を見て、疑問を持ち、自分の言葉で質問してくれる。
その姿が、私たちには本当に嬉しく感じられました。
農場を訪れた子どもたちが、ただ説明を聞くだけでなく、自分たちの目で見つけた不思議について考えてくれる。
それだけでも、こうして農場を開いている意味があるように思います。

牛乳ができるまでには、牛たちの毎日の暮らしがあり、それを支える人の仕事があります。
餌を用意し、牛舎を整え、一頭一頭の健康状態を確かめる。牛が安心して過ごせる環境をつくることも、私たちの大切な仕事です。
酪農というと、乳搾りの姿を思い浮かべる人が多いかもしれません。
もちろん乳搾りも大切な仕事ですが、それは酪農のほんの一部分にすぎません。
牛が健康であること。毎日きちんと餌を食べ、ゆっくり休めること。
そうした日々の積み重ねがあって、初めて牛乳をいただくことができます。
船方農場では、牛を育てるだけでなく、牛たちの餌となる作物を育て、牛から出る堆肥を田畑に還す、循環する農業にも取り組んでいます。
牛を育てることは、土を育てることにもつながり、土を育てることは、また牛たちの食べものを育てることにもつながっています。
一杯の牛乳の背景には、牛だけでなく、土や草、自然、そして多くの人の仕事があるのです。
子どもたちに、そのすべてを理解してもらう必要はありません。
ただ、いつも飲んでいる牛乳の向こう側には、こんな世界が広がっている。
そのことを少しでも知ってもらえたらと思っています。

そして最後は、乳搾り体験です。
目の前にいるのは、自分たちよりもずっと大きな牛。
子どもたちは、みんな少しドキドキしている様子でした。
大きな牛のそばに立ち、乳房に触れ、自分の手で乳を搾ってみる。
きっと、勇気が必要だった子もいたと思います。
けれど、不思議なことに、乳搾りを終えたあとの子どもたちは、体験する前よりも牛との距離が少し縮まっているように感じました。






最初は大きくて、少し怖かった牛。
それが、自分の手で触れ、牛乳を搾るという経験を通して、少し身近な存在になっていく。
そんな変化を、子どもたちの姿から感じることができました。
私たちにとって、それはとても嬉しい光景でした。
乳搾りが上手にできたかどうかは、それほど大切なことではありません。
牛に触れてみようと思ったこと。
ドキドキしながらも、一歩近づいてみたこと。

そして、体験を終えたあとに、牛を少し身近に感じられるようになったこと。
その一つひとつに、実際に体験することの価値があるのだと思います。
いつもはコップに注がれている牛乳が、目の前の牛から生まれている。
知識として「牛乳は牛からできる」と知っていることと、実際に牛に触れて乳を搾ることは、きっと違う経験です。
小さな手で一生懸命に乳を搾った記憶は、時間が経てば少しずつ薄れていくかもしれません。
それでも、いつか牛乳を飲んだとき、ふと牛の姿を思い出すことがあるかもしれない。
私たちは、そんな小さなきっかけが生まれることを願っています。

私たちの暮らしは、以前に比べて便利になりました。
食べたいものを、食べたいときに手に入れることができる。季節を問わず、さまざまな食べものが店頭に並んでいます。
それは、とても豊かなことです。
一方で、食べものが生まれる場所と、食べる人との距離は、少しずつ遠くなっているようにも感じます。
牛乳を飲んでいても、牛の姿を見たことがない。
お米を食べていても、田んぼで稲が育つ様子を知らない。
それ自体が悪いことではありません。
けれど、食べものの背景を知ることで、日々の食事の見え方は少し変わるのではないでしょうか。
牛乳を飲むとき、その向こう側に牛がいることを想像できる。
ご飯を食べるとき、田んぼや農家の仕事を思い浮かべることができる。
食べものを単なる商品としてではなく、自然や命、人の営みとつながったものとして感じられること。
それは、私たちが農場を訪れる子どもたちに伝えたいことのひとつです。
農業には、実際にその場所へ来なければ伝わらないことがたくさんあります。
牛舎の匂い。牛の大きさ。動物の体温。働く人の姿。
決してきれいなことばかりではありませんが、それも含めて農業の日常です。
そうした現場をできる限り開き、食べる人とつくる人が出会える場所でありたい。
船方農場が長年、農場見学や体験の受け入れを続けている背景には、そんな思いがあります。

野田幼稚園のみなさんとの交流は、今年だけのものではありません。
毎年こうして子どもたちが訪れ、牛たちと出会い、乳搾りを体験してくれています。
そして、普段の幼稚園生活の中でも、船方農場の牛乳を飲んでいただいています。
日々飲んでいる牛乳と、その牛乳が生まれる場所。
その両方が、子どもたちの暮らしの中でつながっていることを、私たちはとても嬉しく感じています。
一度きりの特別な体験も、もちろん大切です。
けれど、こうした交流が毎年続いていくことにも、大きな意味があると思います。
今年訪れてくれた子どもたちが大きくなり、いつか別の場所で暮らすようになっても。
幼い頃に牛に触れた記憶が、どこかに残っているかもしれません。
そして、食べものや農業について考えるとき、その記憶が何かのきっかけになってくれたら。
農場で過ごす時間はほんのわずかですが、そこで感じたことが、その先の暮らしにつながっていく。
私たちは、そんな可能性を大切にしたいと考えています。
食べることは、生きること。
私たちが大切にしている言葉です。
食べることは、単にお腹を満たすことではありません。
自然の恵みをいただき、生きものの命に支えられ、多くの人の仕事によって成り立っています。
そのつながりを知ることは、食べることを、そして生きることを、少し豊かにしてくれるのではないでしょうか。
今回、子どもたちが投げかけてくれた、たくさんの「どうして?」。
そして、乳搾りを終えたあと、牛との距離が少し縮まったように感じられたこと。
私たちにとっても、忘れたくない2日間になりました。
農業の現場にいると、日々の仕事に追われ、目の前にあるものの価値を見失いそうになることもあります。
けれど、子どもたちのまっすぐな好奇心に触れると、私たちが毎日向き合っている牛や、ここで生まれる牛乳のことを、改めて大切に思うことができます。
教えるつもりで迎えた私たちのほうが、子どもたちから教えてもらうことも、きっとたくさんあるのでしょう。
いつもの一杯の牛乳が、少しだけ違って見えるようになる。
そんな体験を、これからも届けていきたいと思います。
野田学園幼稚園のみなさん、今年も船方農場にお越しいただき、ありがとうございました。
また来年、元気なみなさんに会えることを楽しみにしています。
写真提供:野田学園幼稚園 様
FUNAKATA FARM
FOOD IS LIFE.

坂本 雄也|SAKAMOTO YUYA
有限会社 船方総合農場 専務取締役
1992年生まれ。山口県山口市阿東の船方農場で、酪農を中心に農場の運営に携わる。
日々、牛たちと向き合いながら、放牧や繁殖管理などを担当。農業の現場に立つ一方で、農場の魅力や食べものが生まれる背景を伝える活動にも取り組んでいる。
牛や土、自然、そして人。農業を通して見えてくるさまざまなつながりを、自分自身の言葉で伝えていきたい。
① 野田学園幼稚園・認定こども園の4歳児のみんなが船方農場へ!
毎年続いている野田幼稚園のみなさんとの交流。昨年の農場見学の様子をご紹介しています。
② 牧場の朝は、5時から。
牛たちの一日は、どのように始まるのでしょうか。毎朝の搾乳から始まる、船方農場の酪農家の日常を綴りました。
③ 変化を楽しむ牛乳。船方農場が届ける四季の風味
牛が食べる草や季節によって変わる牛乳の味わい。いつもの一杯の牛乳の向こう側にある、自然と酪農のつながりをご紹介します。