JOURNAL

ジャーナル

2025.07.11

38.8℃のからだで、夏を生きる

38.8℃のからだで、夏をすごす

牛は、暑さに弱い生きものです。
そのなかでも、船方農場で飼っているホルスタインという乳牛は、特に夏が苦手な種類。

理由はいくつかありますが、まず一番の特徴は「体温の高さ」。
牛の平熱は、およそ38.5〜39.0℃
人間でいえば、ちょっと熱っぽくて動きたくないな……という体温です。
そんなからだを365日保ちながら、彼らは草を食べ、牛乳をつくり続けています。

牛の体の中では、食べた草を発酵させて栄養を吸収する“反芻(はんすう)”という仕組みが働いていて、
この消化の過程でもたくさんの熱が生まれます。
さらに、牛は人間のように汗をかいて体温を下げることができません。
体の表面から熱を逃がすのが苦手なつくりになっているのです。

つまり、夏のあいだ牛たちは、
もともと高い体温を保ちながら、外の暑さと体内の熱の両方と向き合っていることになります。

牛がすこしでも快適に過ごせるように

そんな牛たちが、夏でも元気に過ごせるように、
わたしたち酪農家は、日々さまざまな工夫をしています。

● 夜に放牧するという選択

船方農場では春から秋にかけて放牧をしていますが、
夏の昼間は、外に出すのをやめています。

理由はシンプルで、日中は暑すぎるからです。
太陽の下に長くいると体に熱がこもってしまい、食欲が落ちてしまうこともあります。

そのため、牛たちには夕方から朝にかけての「夜間放牧」をしてもらっています。
日が暮れて、風が通り始めたころ、牛たちはゆっくりと草地へ向かいます。
夜露に濡れた牧草を、静かに食べる姿には、どこか涼しげな雰囲気があります。

● 風通しのいい牛舎で

昼間は、風の通る牛舎のなかで過ごしてもらいます。
大型の扇風機や換気扇を使って、牛たちに風を届けるようにしています。

汗をかけない牛にとって、風にあたることは、体温を下げる大きな助けになります。
ときにはミスト(細かな水の霧)をまいたり、
暑さがとくに厳しい日には、ホースで直接、水をかけてあげることもあります。
首や背中に水がかかると、牛は気持ちよさそうに目を細めます。
わたしたちが顔を洗って「ふう」となるあの感じに、どこか似ているのかもしれません。

● 水分と塩分をしっかりと

夏はとにかく、水をよく飲みます。
1日に100リットル以上、暑い日には150リットルを超えることも。

だからこそ、冷たくて清潔な水がいつでも飲めるように、給水設備のチェックは欠かせません。

それに加えて、わたしたちは「鉱塩(こうえん)」という塩の塊も牛舎に置いています。
牛は自分の体調に合わせて、この鉱塩をぺろぺろとなめて、
汗の代わりに失ってしまう塩分やミネラルを補っています。

左の四角塊が鉱塩で、みんな好きな時にぺろぺろ舐めてもらう。

草を食べるということ

牛が黙々と草を食べている姿を見ていると、
のんびりしているように見えるかもしれません。

でも、その姿の中には、
暑さとたたかいながら体調を整えている、牛なりの努力があります。

1日に30キロ以上の草を食べて、
4つの胃袋で何度も反芻して、
自分の体をつくり、牛乳をつくる。

そうして生まれる牛乳の中には、
38.8℃の体温と、草の香りと、夏を乗り越える力が、ちゃんと詰まっています。

夏は、牛にとって、がんばりどき。

船方農場では、そんな牛たちにとって、
すこしでも快適な夏をすごせるように、
スタッフみんなで知恵を出し合いながら、日々のケアをつづけています。

暑い中でも、今日も牛たちは草を食みます。
それは、わたしたちが飲む牛乳のはじまりでもあるのです。

文:坂本雄也(船方農場/酪農家)
山口県・阿東の山あいで、牛と暮らしています。
暑い日も、寒い日も、牛のとなりにいる日々。
いつか誰かのコップに注がれる、冷たい一杯の牛乳の向こうに、
この季節の記憶がそっと重なればうれしいです。