ジャーナル
2025.10.20

10月のやわらかな秋晴れの中、
野田学園幼稚園・認定こども園の4歳児のみなさん 約90名が、3日間にわたって船方農場にやってきました。
1日30名ずつのグループに分かれ、加工場の見学からはじまり、子牛とのふれあい、乳搾り体験まで。
見て、ふれて、感じて、考える——そんな「命と食の学び」の一日となりました。

野田学園さんでは、給食の時間にも船方農場の牛乳を取り入れていただいています。
「子どもたちが飲んでいる牛乳が、どんな場所で、どんな人たちによって生まれているのかを知ってほしい」
——そんな先生方の想いから始まったこの体験学習。
いまでは秋の恒例行事となり、子どもたちの明るい声が牧場に響く季節になりました。
“飲むだけ”だった牛乳が、“生まれる場所”と“働く人”を知ることで、
少しずつ「実感のある一杯」へと変わっていきます。
この時間の積み重ねが、子どもたちにも、そして私たちにも、
食と命の循環を改めて感じさせてくれる貴重な学びの場になっています。

見学の最初は、加工場の窓越し見学からスタート。
ガラス越しに並ぶステンレスのタンクや機械を見つめながら、
子どもたちは口々に「ここで牛乳つくるの?」「あの中にミルク入ってるの?」「冷たいの?」と声を上げます。
実際に中へ入ることはできませんが、
ガラスの向こうに見える人の動きや、
タンクの中で流れる“音の気配”が子どもたちの想像力をくすぐります。
「いつも飲んでる牛乳って、ここから来るんだよ」と先生がそっと声をかけると、
子どもたちは一斉にうなずいて、少し誇らしそうな表情を浮かべました。
ほんの数分の見学でしたが、
それぞれの胸の中に、“知っている味のふるさと”のようなイメージがしっかり刻まれたようでした。

加工場の見学を終えたあとは、いよいよ牛舎へ。
その前に、感染症予防のために靴の消毒とブーツカバーの装着を行います。
「これは牛さんを守るためなんだよ」と先生が説明すると、
子どもたちは真剣な顔で自分の足元を見つめ、ひとりずつ丁寧にカバーを装着。
「なんか宇宙靴みたい!」「これ履いたら牛さんと仲よくなれる?」
そんな声があがり、場の空気が少しやわらぎます。
ブーツカバーをつけるその小さな手はまだぎこちないけれど、
“生きものを守るための準備”をしてくれている姿に、
スタッフも思わず胸が温かくなりました。
農場で働く私たちにとっては当たり前の日常の光景。
でもその「当たり前」が、子どもたちの目にはちゃんと“意味のある行い”として映っている。
そんなことを感じさせてくれる時間でした。

いよいよ牛舎の中へ。
最初に出迎えてくれたのは、まだ小さくて人懐っこい子牛たちです。
「かわいい〜!」「赤ちゃんだ!」
あっという間に輪ができて、
子どもたちの手がのび、笑い声が広がりました。
「なでていい?」「手なめた!」「舌がザラザラしてる〜!」
初めは少し怖がっていた子も、子牛の穏やかな表情とあたたかさにふれて、
少しずつ距離を縮めていきます。
そして、次は大人の牛たちのいるエリアへ。
扉を開けると、どっしりとした体がならぶ牛舎の風景に、思わず足を止める子どもたち。

「おっきい!」「顔がでっかい!」
鼻息の音、蹄の音、そして大きく動くしっぽ。
全身で感じる“生きている音”に、
子どもたちはじっと目を見開いて立ち尽くします。
やがてひとりの子が、ぽつりとつぶやきました。
「この牛さんから、ミルク出るんだね。」
その言葉に、先生とスタッフが思わず顔を見合わせて微笑みました。
小さな気づきの中に、“命のつながり”を感じる瞬間がありました。
そしてこの日のハイライト、乳搾り体験の時間です。
子どもたちは少し緊張した面持ちで牛の横に並び、
先生に手を添えてもらいながら、そっとお乳を握ります。
“ぴゅっ”という音とともに、白いミルクがバケツに落ちる。
その瞬間、「出たー!」「これがぼくたちの牛乳!?」「牛さん、痛くないの?」
――そんな声が一斉にあがり、牛舎の空気がぱっと明るくなりました。

最初はおそるおそる手を伸ばしていた子も、
牛の体の温かさや、ゆっくりとした呼吸を感じるうちに、
自然と笑顔に変わっていきます。

「ありがとう、牛さん。」
そんな声があちこちから聞こえてきました。
ミルクを搾るその小さな手の動きはまだぎこちないけれど、
その一滴一滴には、“命のぬくもり”と“自分の力で触れた実感”が宿っていました。
その瞬間の子どもたちの表情は、
きっとこの体験の何よりの記憶になるはずです。

体験のあいだ、牛舎のあちこちで子どもたちの声が絶えませんでした。
それは歓声でもあり、驚きでもあり、そして——質問の嵐でもありました。
「牛は夜もミルク出すの?」
「牛のお父さんはどこにいるの?」
「みんなおっぱい出るの?」
「牛ってくしゃみするの?」
「鼻水出る?」
「耳についてる黄色いの、ピアス?」
「みみくそ出るの?」
「しっぽでハエ叩いてるの?」
「どこで寝るの?」
「牛も給食食べるの?」
「どこから赤ちゃんは出てくるの?」
どの質問もまっすぐで、真剣で、そして少しユーモラス。
子どもたちは、目の前の牛をじっと観察しながら、
感じた“ふしぎ”をためらいなく言葉にしてくれます。

耳、鼻、しっぽ、体の動き。
一つひとつを全身で見つめているからこそ生まれる問い。
それはまさに「命を知りたい」という心のあらわれです。
「どこから赤ちゃんは出てくるの?」と尋ねた子の目も、驚くほど真剣でした。
そこには“生きること”を理解しようとする純粋な力がありました。
大人がつい見過ごしてしまうような、
小さなふしぎの中にこそ、大切な学びがある。
そのことを、子どもたちはまっすぐに教えてくれました。
牛舎の中に響くその小さな声は、
私たちにとっても、忘れかけていた好奇心を呼び覚ましてくれるものでした。
“命をまなぶ”という言葉が、
この場所では決して難しい言葉ではなく、
ただの「感じる」という行為そのものとして、静かに息づいていました。

体験を終えてバスに乗り込むころには、
子どもたちの頬はすっかり赤く、靴のブーツカバーも泥でいっぱい。
それでもみんな名残惜しそうに、牛舎の方を振り返って手を振ってくれました。
先生方から「帰りは全員ぐっすり寝ていました(笑)」と聞き、スタッフ一同ほっこり。
たくさん歩いて、たくさん笑って、たくさん感じた一日。
その疲れもきっと、心地よいものだったはずです。
この体験が、給食で飲む牛乳を“ちょっと特別な一杯”に感じるきっかけになってくれたら嬉しいです。
そしてまた来年、あのまっすぐな目と声がこの牛舎に響くのを楽しみにしています🌱✨

もう一年が経ったのかと思うと、本当に早いものです。
毎年こうして野田学園の子どもたちを迎えるたびに、
私自身も“牛乳をつくる”という仕事の原点を思い出します。
子どもたちの無邪気な笑顔や、まっすぐな質問。
そのひとつひとつが、私たちの仕事の意味を教えてくれているように思います。
船方農場は、牛を育て、乳を搾り、牛乳をつくる場所。
けれど同時に、“命を学ぶ場所”でもあります。
子どもたちの純粋な好奇心が、この地に新しい風を吹かせてくれる。
その時間があることに、心から感謝しています。
これからも「食べることは、生きること」という想いを胸に、
ひとつひとつの命と丁寧に向き合いながら、
この土地に根ざした牛乳づくりを続けていきます。
野田学園の先生方、そして子どもたち。
今年も本当にありがとうございました。
また来年、笑顔でお会いできる日を心待ちにしています🌾

📷 当日の写真は、野田学園よりご提供いただきました。

祖父や父が向き合ってきた農業と、そこに込めた未来への熱量に惹かれ、工学部を中退。
酪農の専門大学を卒業後、船方農場へ。
現在は酪農と情報発信を担当。趣味はカメラ。
農業は、もっとも手ざわりのあるクリエイティブだと思っている。