JOURNAL

ジャーナル

酒米「山田錦」、収穫の終わりに。

― 船方農場の田んぼから、日本酒のはじまりへ ―

春。まだ朝の空気が冷たかった頃、
苗代に並んだ小さな緑の芽が、いまは黄金色の稲穂となって実を結びました。

船方農場で育ててきた酒米「山田錦」が、
今日、袋詰めの作業を終え、ひとつの季節の区切りを迎えました。

風が冷たくなり、田んぼを渡る光が少し低くなると、
「今年も終わったな」と、胸の奥で静かに感じます。


酒米という、もうひとつの稲の物語

同じ「お米」でも、食卓に並ぶご飯とは少し違う顔を持つのが酒米です。

食用米——たとえばコシヒカリやヒノヒカリは、
「炊いておいしいこと」「甘みと粘りのバランス」が重視されます。
一方、酒米は「日本酒を醸すための原料」であり、
その粒の中に“発酵に適した構造”を備えています。

酒米の粒は大きく、中心には「心白(しんぱく)」と呼ばれる白く濁った部分があります。
ここはデンプンが多く、空気を含むように柔らかいため、麹菌や酵母が入り込みやすい。
この“余白”こそが、日本酒造りに欠かせない場所です。

また、酒米はタンパク質や脂質が少なく、
それが雑味のない、きれいな味わいの酒を生みます。
つまり、見た目は同じ「稲」でも、
その目的と性質はまるで異なるのです。


山田錦という品種

「山田錦」は“酒米の王様”とも呼ばれます。
兵庫県で生まれたこの品種は、
粒が大きく、心白がはっきりとし、吸水性と溶けやすさに優れているのが特徴。

その一方で、茎が長く倒伏しやすいため、
管理にはきめ細やかな手間と経験が求められます。
風や雨、日照、土の状態——
そのすべてが、最終的な酒の香りや味わいに影響します。

だからこそ、毎年の天候と向き合いながら、
一粒一粒を確かめるように栽培しています。
農場にとっても挑戦の連続であり、
それがまた、この仕事の深さでもあります。


美祢へ。大嶺酒造とのつながり

袋詰めを終えた山田錦は、
山口県美祢市秋芳町にある大嶺酒造(Ohmine Shuzou)さんのもとへと旅立ちます。

大嶺酒造は、50年以上眠っていた蔵を2010年に再生し、
「農業と地域資源を軸に、地域の未来につながる産業を」という理念のもと、
伝統と革新のあいだで新しい酒造りを続けています。

その酒造りの核となるのが、名水「別府弁天池」の水
日本名水百選にも選ばれたこの湧水は、
秋吉台のカルスト地形を通り抜けた石灰岩層の地下水で、
硬度が低く、透明度が高く、まろやかで清らかな味わいが特徴です。

この水が、大嶺酒造のすべての酒の原点。
「水を飲めば、この土地がわかる」と言われるほど、
酒の香りと口あたりに、秋芳の風土が映し出されます。

船方農場で収穫された山田錦も、
その原料の一部として大嶺酒造に届けられ、
ほかの地域の米とともに、美祢の水と融合し、
蔵人たちの手によって“酒”へと生まれ変わります。


美祢の酒が、日本一に

2023年、「大嶺2粒 火入れ 山田錦」は、
国内最大級の日本酒品評会 SAKE COMPETITION 2023 において、
純米大吟醸部門でGOLD 第1位を受賞されました。

大嶺酒造が積み重ねてきた技と情熱、
そしてこの土地の自然が生み出す水と米が、
日本一というかたちで評価されたことは、
同じ地域で米を育てる私たちにとっても、何より誇らしい出来事です。

船方農場の酒米も、その酒造りの一端を担わせていただいています。
この土地の恵みが、
誰かの手で、香りと味わいの文化へと変わっていく——
そのつながりを感じられる瞬間です。


命の里の循環の中で

船方農場では、牛の糞を堆肥にし、牧草や稲を育て、
その稲わらが再び牛舎に戻っていく——
そんな循環の中で日々の営みが続いています。

酒米づくりもまた、その循環の一部です。
土が豊かでなければ、米は育たず。
水が清らかでなければ、発酵は始まらない。
すべてはつながりの中にあります。

田んぼの上を渡る風、
稲を照らす光、
人の手の跡。
それらがすべて、一本の酒の味に宿る。

農場で終わる仕事は、
酒蔵で新しい命を得て、再び人の手に戻る。
その循環の美しさに、毎年あらためて心を打たれます。


個人的なひとこと

大嶺酒造さんのお酒は、個人的にも大好きな一本です。
美祢の水のやわらかさと、山田錦のやさしい旨みが、
口に含んだ瞬間にふわっと広がる。
その透明感と奥行きのある香りに、何度も心をつかまれます。

自分たちの土地で育った米が、
こんな形で誰かの時間を温めていると思うと、
また来年も、丁寧に田んぼに向き合おうと思えるのです。


📍大嶺酒造公式サイト
https://www.ohmine.jp