JOURNAL

ジャーナル

2026.06.17

田んぼの夏支度。船方農場の溝切り・中干し・畦草刈り

中国地方も梅雨入りした。

雨の日が増え、田んぼの緑は日に日に濃くなっていく。

ついこの前まで頼りなく見えていた苗も、今ではしっかりと根を張り、風に揺れながら少しずつ存在感を増している。

コシヒカリを植えた。

飼料用稲も植えた。

酒米も植えた。

長かった田植えシーズンが終わり、ようやくひと息つける——そんな気分になる。

朝早くから苗を積み込み、天気予報とにらめっこしながら田んぼを走り回った春。

田植えという大仕事が終わった今、少し肩の力を抜きたくなる。

でも、農家のカレンダーはそう甘くない。

振り返る間もなく、次の仕事が待っている。

溝を切る。

水を抜く。

草を刈る。

一見すると地味な作業ばかりだけれど、実はこの時期の管理がお米の出来を大きく左右する。

主役はまだ穂ではない。

根であり、土であり、水だ。

夏へ向かう田んぼでは、今日も静かに、おいしいお米づくりが進んでいる。

雨を受けながら成長する稲。田植えが終わった田んぼは、これから本格的な生育期へと入っていく。

まずは、田んぼに道をつくる。

田植えが終わり、苗がしっかり活着すると始まるのが「溝切り」だ。

田んぼの中をよく見ると、稲と稲の間に一本の筋が伸びている。

それが溝切りによって作られた排水のための溝である。

専用の機械に乗り、田んぼの中を走りながら溝を掘っていく。

この溝があることで田んぼ全体の排水がしやすくなり、後に行う中干しも効率よく進められる。

田んぼには常に水があるイメージがあるかもしれない。

しかし、ずっと水が停滞した状態が良いわけではない。

土の中にも空気が必要だからだ。

溝を切ることで水が動きやすくなり、土の中へ酸素が入りやすくなる。

すると根はより深く、より力強く伸びていく。

根がしっかり張れば、夏の暑さにも負けにくい。

台風などの強風にも耐えやすくなる。

見えない部分を整えることが、秋の実りにつながっていく。

派手さはない。

でも、おいしいお米づくりはいつだって見えないところから始まる。

【写真②:溝切り作業の様子】

田んぼの中に排水のための溝をつくる作業。秋の収穫へ向けた大切な土台づくりだ。

一度、水を抜いてみる。

溝切りの後に行うのが「中干し」。

田んぼの水を抜き、土を乾かしていく作業だ。

農業をしていない人が見ると、

「水がなくなって大丈夫なの?」

と思うかもしれない。

でも、これがとても重要な工程なのである。

現場ではよく、

「田んぼのガス抜き」

という言葉を耳にする。

春からずっと水を張っている田んぼの土の中は、少しずつ酸素不足になっていく。

その状態が続くとガスが発生し、根の働きが弱くなることがある。

人間も換気の悪い部屋に長くいると息苦しくなる。

稲の根も同じだ。

だから一度、水を抜く。

土の中に空気を送り込み、余分なガスを抜いてやる。

いわば田んぼの換気である。

そんな話を聞いていると、船方農場の現場を統括する桑原常務が一本の稲を抜いて見せてくれた。

「根を見れば、その田んぼの状態が分かるんですよ」

そう言いながら土を落とし、根の様子を見せてくれる。

普段は葉や茎ばかりに目が行くが、本当に大切なのは土の中だという。

【写真③:稲を抜き、根の状態を確認する桑原常務】

普段は見えない土の中。健康な稲づくりのヒントは根に隠されている。

手に取った稲の根は白く、細かな根がたくさん伸びていた。

「こういう白い根は元気な証拠です。」

一方で、赤茶色や黒っぽく変色した根は注意が必要なのだそうだ。

酸素不足や土の中の環境悪化によって根の活力が落ちている可能性があるという。

「葉っぱは元気そうに見えても、根が弱ると後で影響が出てきますからね。」

桑原常務の言葉に、お米づくりがいかに根を大切にしているかがよく分かる。

地上から見える景色だけでは分からないことがたくさんある。

だから田んぼに入り、稲を見て、土を触る。

その積み重ねが管理につながっている。

もちろん中干しの目的はガス抜きだけではない。

根をより深く張らせること。

分げつを適度に抑えること。

茎を丈夫にすること。

倒伏しにくい稲を育てること。

そして穂をつけるための体づくりをすること。

人で言えばトレーニング期間のようなものだ。

少し負荷をかけることで体が強くなる。

稲もまた、中干しによって夏本番に向けた強い体をつくっていく。

【写真④:中干し中の田んぼ】

水を抜き、土に空気を送り込む。おいしいお米づくりに欠かせない「田んぼの換気」の時間。

草を刈るのも、お米づくり。

梅雨に入ると元気になるのは稲だけではない。

草もまた勢いよく伸び始める。

そこで行うのが畦草刈りだ。

田んぼの周りの畦は、水をためるための大切な役割を持っている。

しかし草が伸び放題になると、水路や畦の状態が確認しづらくなり、害虫の住処にもなってしまう。

だから定期的に刈る。

夏の草は本当に元気だ。

刈ったと思ったら、また伸びている。

終わりのない戦いにも思える。

それでも草を刈るのは、お米を守るため。

病害虫の発生を抑えるため。

水管理をしやすくするため。

そして地域の景観を守るためでもある。

【写真⑤:畦草刈り作業の様子】

畦を整えることは、田んぼを守ること。そして地域の風景を守ることでもある

おいしいお米は、夏につくられる。

秋になれば田んぼは黄金色に染まる。

風に揺れる稲穂。

コンバインが走る収穫の風景。

お米づくりと聞いて、多くの人が思い浮かべるのはそんな景色かもしれない。

でも、その景色は突然生まれるわけではない。

溝を切る。

水を抜く。

草を刈る。

収穫の頃には見えなくなってしまう仕事ばかりだけれど、その積み重ねが丈夫な稲を育て、おいしいお米につながっていく。

コシヒカリも。

飼料用稲も。

酒米も。

それぞれ役割は違うけれど、どれも丁寧な管理の上に育っている。

【写真⑥:青々と成長する稲】

秋には黄金色へ。船方農場の夏支度は、これからも続いていく。

梅雨空の下、雨雲を気にしながら田んぼを巡回する日もある。

汗を流しながら草を刈る日もある。

長靴が泥に埋まる日もある。

それでも秋に実る景色を思い浮かべながら、今日も田んぼへ向かう。

主役はまだ穂ではない。

根であり、土であり、水だ。

船方農場の田んぼでは今日も、秋の実りに向けた夏支度が続いている。

書いた人:クリエイティブディレクター・専務取締役 坂本雄也(さかもと・ゆうや)

祖父や父が向き合ってきた農業と、そこに込めた未来への熱量に惹かれ、工学部を中退。
酪農の専門大学を卒業後、船方農場へ。
現在は酪農と情報発信を担当。趣味はカメラ。
農業は、もっとも手ざわりのあるクリエイティブだと思っている。