ジャーナル

手のひらに乗せると、驚くほど小さい。
乳牛の人工授精に使う「精液ストロー」です。
細く、小さな一本のストロー。
けれど私たちにとって、この一本をどの牛に使うのかという判断は、決して小さなものではありません。
この一本から受精し、妊娠し、約9か月後に新しい命が生まれるかもしれない。
生まれた子牛が雌であれば、成長し、やがて自分も子牛を産み、船方農場で牛乳を出す牛になるかもしれない。
そして、その牛からまた次の命へとつながっていく。
そう考えると、この小さな一本の先には、何年も先の船方農場があります。
数センチのストローの中に、牧場の未来が入っている。
私は船方農場で11年間、繁殖を担当してきました。

「酪農の仕事」と聞いて、多くの人が最初に思い浮かべるのは乳搾りかもしれません。
朝と夕方に牛乳を搾る。
その牛乳から、牛乳やヨーグルト、ソフトクリーム、チーズなどがつくられていく。
でも、そのもっと手前にある仕事は、なかなか目にする機会がありません。
乳牛は、妊娠し、子牛を産むことで牛乳を出すようになります。
つまり、私たちが毎日牛乳を搾ることができるのは、その前に妊娠があり、分娩があるからです。
そして、そのさらに前にあるのが「繁殖」という仕事です。
発情を見つける。
牛の状態を確かめる。
どの種雄牛の精液を使うか考える。
人工授精をする。
妊娠しているかを確認する。
繁殖が止まれば、妊娠が止まる。
妊娠が止まれば、やがて分娩する牛がいなくなる。
そして、牛乳を出す牛も、次の世代の牛もいなくなっていきます。
普段、お客さんからはほとんど見えない仕事です。
でも私は、繁殖は酪農の一番の要になる仕事のひとつだと思っています。

繁殖の仕事は、牛を見ることから始まります。
いつもより落ち着きがない。
ほかの牛に乗ろうとする。
ほかの牛に乗られても、じっとしている。
粘液が出ている。
いつもと行動が少し違う。
そんな小さな変化から、発情を見つけていきます。
でも、すべての牛が教科書通りのサインを出してくれるわけではありません。
「発情だと思う。でも、本当に今なのか。」
「今日、授精するべきなのか。」
11年やっている今でも、迷うことがあります。
相手は機械ではなく、一頭一頭違う生き物です。
だから、この仕事にはいつも「見ること」と「考えること」と「判断すること」がついてきます。

授精すると判断したら、まず牛を安全に保定します。
そして直腸検査。
直腸から手を入れ、卵巣や子宮に触れながら、その状態を自分の手で確かめていきます。
卵胞はどんな状態なのか。
黄体はあるのか。
子宮はどうなっているのか。
目で見た発情のサインと、手から伝わってくる情報を重ねながら、授精するかどうかを判断します。
授精すると決めたら、外陰部についた糞や汚れをしっかり取り除く。
人工授精では衛生管理も大切です。
そして、ようやく一本の精液ストローを選びます。

人工授精というと、「牛を妊娠させるための技術」と思われるかもしれません。
もちろん、それが大きな目的です。
でも、私たちが考えているのは「妊娠するかどうか」だけではありません。
どの牛に、どの種雄牛の精液を使うのか。
乳量や乳成分。
体型や健康性。
A2ミルクに関わる遺伝的な特徴。
角が生えない「無角」の遺伝的特性。
種雄牛によって、それぞれさまざまな特徴があります。
だから単純に数字の良い種雄牛を選べばいいわけではありません。
母牛を見ながら、
「この牛の良いところを残したい。」
「ここは、次の世代でもっと良くしたい。」
「これからの船方農場には、どんな牛が合うだろう。」
そんなことを考えながら一本を選びます。
今日選んだ一本の精液が、本当に良い選択だったのか。
その答えが分かるのは、何年も先かもしれません。
一頭一頭の交配の積み重ねが、数年後、10年後の牛群をつくっていく。
繁殖は目の前の牛を妊娠させる仕事であると同時に、
まだ見たことのない、未来の牛をつくる仕事です。

精液ストローは、液体窒素の中で凍結保存されています。
選んだストローを取り出し、適切な温度のお湯で、決められた時間を守って融解する。
温度も、時間も大切です。
そして、融解を始めたら、そこからは時間との勝負になります。
ストローを取り出す。
水分を拭き取る。
授精器にセットする。
速やかに。
でも、雑にはしない。
急ぎながら、丁寧に。
この一連の動きが、最初はなかなかスムーズにできません。
授精器が頸管を通らない。
牛が動く。
もう一度やる。
それでも通らない。
その間にも、「融解してから時間が経っている」ということが頭をよぎります。
「早くしないと。」
そう思うほど焦る。
焦ると手に力が入る。
すると、さらにうまくいかなくなる。
私自身も、人工授精を始めた頃に何度も経験しました。
でも、ここには近道がありません。

人工授精の手順は教えられます。
どこを持つのか。
何を触っているのか。
どう動かすのか。
でも、最後の「手の感覚」だけは、言葉だけでは伝えきれません。
牛によって子宮の位置も違えば、頸管の形や感触も違います。
おとなしく立っている牛もいれば、落ち着かない牛もいる。
だから何頭も触る。
うまくいかない。
なぜできなかったのかを考える。
また触る。
その繰り返しの中で、それまで分からなかったものが、ある時少しずつ手の中で分かるようになってきます。
「あ、ここだ。」
そんな瞬間が少しずつ増えていく。
うまくなるには、経験するしかない。
私自身も、そうやって覚えてきました。

私は船方農場の繁殖を担当して、11年になります。
入社してすぐ、この仕事を任されました。
人工授精師の免許は取得していました。
知識も一通り勉強していました。
でも、実績もなければ、実戦経験もほとんどありませんでした。
資格を持っていることと、実際に一頭の牛を妊娠させることは、まったく違いました。
それでも牛は待ってくれません。
発情はやってくる。
自分で判断する。
自分で授精する。
そして、妊娠してもらわなければならない。
当時の私には、大きなプレッシャーがありました。
「自分が牛を妊娠させられなければ、船方農場の酪農が続かなくなる。」
本当に、それくらいの気持ちでした。
繁殖がうまくいかなければ、分娩する牛が減っていく。
牛乳を出す牛が減っていく。
そして、次の世代も生まれない。
入社したばかりの自分には、その責任がものすごく大きく感じられました。
人工授精をしても、必ず妊娠するわけではありません。
妊娠していなかった。
また発情が来た。
そんな時は考えます。
牛の状態だったのか。
タイミングだったのか。
精液だったのか。
それとも、自分の技術だったのか。
今なら、自分の技術だけではどうにもならないことがあると分かります。
でも、経験のなかった頃は、一頭妊娠していないだけでも、
「自分が失敗したんじゃないか。」
と考えてしまう。
その結果を頭に残したまま、また次の牛に向き合う。
それでも、やるしかありませんでした。
何頭の牛に人工授精をしてきたのか、もう数えてはいません。
うまくいったこともあります。
何度やってもうまくいかなかったこともあります。
判断を間違えたこともあります。
悔しかったこともあります。
それでも、一頭、また一頭と牛に触れ続けてきました。
気づけば11年。
今では、あの頃のプレッシャーさえ少し懐かしく感じます。

本田くんに繁殖を教え始めたのは、船方農場に入社してからではありません。
まだ学生だった頃。
研修で船方農場に来るたびに、私は意識して繁殖を重点的に教えていました。
発情した牛のどこを見るのか。
直腸検査では何を触っているのか。
なぜ、この牛を今日授精するのか。
なぜ、この精液を選ぶのか。
そして、どうやって人工授精をするのか。
現在、本田くんには繁殖の一部を実際に任せています。
本田くんに繁殖を教える中で、私が特に気をつけてきたことがあります。
それは、
「分からないことは、分からないと言っていい。」
という空気をつくることです。
仕事を任されるようになると、
「自分で判断しなければ。」
「これくらい分からないといけない。」
という責任感が生まれます。
でも私は、分からないことを分かったふりして進めてしまう方が怖いと思っています。
相手は一頭の牛だからです。
「発情だと思うけど、自信がありません。」
「卵巣を触ったけど、よく分かりません。」
それでいい。
そこで一緒に牛を見ればいい。
私自身、11年間繁殖をやっていても、分からないことはあります。
だから私も、分からないことを聞かれたら、
「それは俺も分からない。」
と言える人でいたいと思っています。
一緒に調べる。
獣医師に聞く。
もう一度牛を見る。
そして、次は自分で判断できるようになる。
人工授精の技術だけではなく、
分からないことを隠さず、考え、聞けること。
それも繁殖を担当する上で大切なことだと思っています。
今回、改めて本田くんに繁殖について聞いてみました。
入社したばかりの頃は、繁殖だけを覚えればよかったわけではありません。
搾乳も、餌のことも、牛の管理も、農場でのさまざまな仕事も覚えなければならない。
そんな中で繁殖にも向き合っていました。
本田くんは当時を振り返って、
「最初の頃は、ほかの作業も覚えないといけない中で、本当にテンパっていました。」
と話します。
学生の頃にも人工授精を経験していました。
ただ、その時には先生がいました。
分からなければ先生に聞ける。
うまくできなければ、一緒にやってもらえる。
「学生の頃は、先生がいないとできなかった。」
でも今では、一人でできることが少しずつ増えています。
発情した牛を見る。
状態を確認する。
精液を準備する。
人工授精をする。
そして、後日行われる妊娠鑑定。
自分が授精した牛に「+」、つまり妊娠しているという結果がつく。
一頭。
また一頭。
本田くんは、
「自分が種付けした牛が妊娠鑑定でプラスになっていくのが、本当に嬉しい。それが自信につながっています。」
と話してくれました。
この気持ちは、私にもよく分かります。
最初は、自分の判断が正しいのか分からない。
自分の技術で本当に妊娠してくれるのか不安になる。
だからこそ、一頭の「+」が嬉しい。
その一頭が、
「自分でもできるかもしれない。」
という、次の一頭への自信になっていく。
本田くんには、すでに次の目標もあります。
もっと卵胞や黄体などの状態を正確に判断できるようになりたい。
牛の体の中で今、何が起きているのか。
自分の手で触って、それをもっと分かるようになりたいと言います。
人工授精が「できる」ことと、繁殖が「分かる」ことは違います。
ここから先は、さらに多くの経験が必要です。
私も教える時、言葉だけでは伝わりにくいことは、紙に図を書いて説明してきました。
卵巣があって。
卵胞が育って。
排卵して。
黄体ができる。
その時、子宮ではどういうことが起きているのか。
本田くんは、
「雄也さんが図を書いて教えてくれてから、少しずつ分かるようになってきました。」
と話してくれました。
私が普段、頭の中と手の感覚で理解していることを、誰かに伝えるために言葉や図にする。
実は、これは教えている私にとっても勉強になっています。
自分でできることと、人に教えることは違う。
本田くんに教えるようになって、私自身もそれを知りました。
本田くんが人工授精をしている横で見ていると、私が代わった方が早い場面はあります。
頸管がなかなか通らない。
牛が動く。
本人が焦り始める。
「貸して。」
と言いたくなる。
でも、そこで毎回代わってしまえば、本田くんは経験できません。
任せなければ、うまくならない。
でも、任せる一頭一頭には命がある。
ここが、繁殖を教える難しさだと思います。
どこまで待つのか。
いつ声をかけるのか。
どこで代わるのか。
11年前の私は、「任される怖さ」を感じていました。
今の私は、「任せる怖さ」を感じています。
立場は変わりました。
でも、本田くんが焦っている姿を見ると、ときどき11年前の自分を見ているような気持ちになります。

11年間、繁殖を担当してきて、最近ふと思うことがあります。
今、船方農場で牛乳を出してくれている牛たち。
つまり、今みなさんに飲んでもらっている牛乳を出している牛のほとんどが、私が人工授精をして生まれてきた子たちです。
一本の精液を選んで。
人工授精をして。
妊娠鑑定で「+」がついて。
約9か月待って。
小さな子牛が生まれる。
生まれたら、今度はその子にミルクを飲ませます。
元気に育つ子もいれば、体調を崩す子もいる。
調子がおかしければ様子を見て、時には治療もする。
なかなか大きくならなくて心配することもある。
そうやって毎日顔を合わせながら、一緒に成長してきました。
その小さかった子牛が、いつの間にか大きくなる。
自分自身が妊娠し、子牛を産む。
そして今度は、搾乳牛として牛乳を出してくれるようになる。
気づけば、
あの頃ミルクを飲ませていた子と、今は一緒に働いています。
私たちは農家です。
牛を飼い、牛乳を搾り、それを仕事にしています。
だから、きれいなことばかりではありません。
それでも私にとって、毎日一緒に過ごし、生まれた時から成長を見てきた牛たちは、やっぱり家族のような存在です。
そして今では、
船方農場の牛乳を一緒につくる、大切な仕事のパートナーです。
11年前。
繁殖を任されたばかりの私は、
「妊娠させなければ。」
ということで頭がいっぱいでした。
でも今は、少し違うものが見えるようになりました。
繁殖は、妊娠させて終わる仕事ではない。
その一頭との付き合いが始まる仕事でもある。
生まれる前から関わり、
生まれてから育て、
大きくなったら一緒に働き、
そして、その牛からまた次の命へつないでいく。
振り返れば、私の11年間と、牛たちの11年間はずっと重なっています。
だから、本田くんが、
「自分が種付けした牛に『+』がつくのが嬉しい。」
と言った時、その気持ちはすごくよく分かりました。
でも、その「+」の先にある景色を、本田くんはこれからもっと見ていくのだと思います。
今、本田くんが人工授精している牛が妊娠する。
子牛が生まれる。
その子にミルクを飲ませる。
育てる。
何年か経って、その牛が初めて分娩する。
そしていつか、その牛が本田くんの横で牛乳を出している。
その時、
「あ、この牛、自分が種付けした牛だ。」
と思う日がきっと来ます。
私は今、その景色の中にいます。
手のひらに乗るほどの、小さな精液ストロー。
11年前の私は、その一本を持つことに大きなプレッシャーを感じていました。
今、その一本を本田くんに渡す側になっています。
そしていつか、本田くんも誰かに渡す側になるのかもしれません。
一本のストローから、新しい命が始まる。
妊娠して。
生まれて。
ミルクを飲んで。
育って。
子牛を産んで。
牛乳を出すようになる。
そして、その牛からまた次の命へつながっていく。
人も同じなのかもしれません。
教えてもらい。
分からないと言い。
失敗して。
経験して。
少しずつできるようになって。
いつか、今度は誰かに教える側になる。
牛から牛へ、命をつなぐ。
人から人へ、技術をつなぐ。
今日も船方農場では、そんな時間が続いています。
そして、そのずっと先にあるのが、
みなさんが手にしてくれている、一杯の牛乳です。

坂本 雄也|船方農場
農業の現場に立ちながら、船方農場の広報やブランディングにも携わる。牛と人、土、草、季節、そして食べること。農場で働くからこそ見える風景や、そこで出会う人たちのこと、日々考えていることを、自分の言葉と写真で記録しています。
FUNAKATA JOURNAL
農場から、日々考えていることを。