ジャーナル
朝5時。牛舎に響くのはミルカーの低い音。まだ眠そうな牛たちと一緒に、新しい一日が始まる。

9月初旬、船方農場に山口県立農業大学校から研修生・本田くんがやってきました。
農場は稲刈りの繁忙期の真っ只中。そんな慌ただしい空気の中でも、牛舎に立つ本田くんの姿は新鮮で、スタッフにとっても刺激的です。
実は本田くん、1年生の時にも一度研修に来てくれた経験があります。あの時はまだ牛に慣れていない様子でしたが、今回は違います。人工授精や繁殖管理を担当するなど、一歩踏み込んだ実践を任され、着実に成長を感じさせてくれました。

「最初は怖かったです。体が大きくて、近づくのもためらうくらいで」
そう振り返る本田くん。高校で畜産研究部に入部したことがきっかけで牛と向き合うことになりました。
部活を続けるうちに、その大きさに慣れ、やがて「かわいい」と思えるように変わっていったそうです。
牛舎での仕事は、ただ「好き」という気持ちだけでは務まりません。捕まえ方ひとつ、観察の目ひとつが命を左右します。本田くんは実践の中で少しずつその力を磨いてきました。

研修期間中、牛の死にも向き合う場面がありました。昨日まで元気だった牛が、急に体調を崩し、立ち上がれなくなってしまう。
「牛舎を回る時の“違和感”を大切にしないといけない。半日でも早く気づければ救える命がある」
獣医師やスタッフの言葉を思い出しながら、本田くんは毎朝牛舎を一周。餌を食べる様子や表情、歩き方を観察し、小さなサインを見逃さないよう努めています。こうした積み重ねが、確実に力になっているのです。
ある日の夕方、本田くんは初産の牛のお産に立ち会いました。なかなか子牛が出てこない緊張の時間。1時間ほど見守り続け、最後は人の手で引き出すことに。無事に生まれた瞬間の安堵と喜びは、忘れられない経験になったはずです。
「命が生まれるって本当にすごいことだと実感しました」
彼の声には、畜産の厳しさと尊さの両方が滲んでいました。

農業大学校でも朝5時から搾乳当番があります。眠い目をこすりながら牛舎へ向かう毎日。最初は寝坊もあったそうですが、今は「責任感が早起きを支えている」と言います。
牛乳は待ってくれません。ひとつの遅れが出荷や製品づくりに直結するからこそ、時間に対する意識も大きく変わってきました。

船方農場は、放牧酪農と6次産業化に取り組んでいます。牛乳をしぼるだけでなく、ヨーグルトやチーズに加工し、商品として消費者に届ける。
「育てた牛の牛乳を、自分で食べられるのは特別なこと。最後まで責任を持ちたいと思うんです」
本田くんはそう語ります。牛と向き合う日々の先に、食卓とつながる未来を思い描いているのです。
もちろん研修の合間には、アニメやゲームを楽しむ一面も。宿舎ではフィギュアを並べたり、お気に入りの作品を語り合ったり。牛舎では真剣、オフでは等身大の二十歳前後の学生。そんなギャップも彼の魅力のひとつです。

本田くんの研修は短い期間でしたが、その成長とひたむきさはスタッフに強い印象を残しました。
農業の世界は厳しい。でも、それ以上に面白く、やりがいにあふれています。若い世代がその魅力を知り、未来へつないでいくこと。船方農場は、その姿をこれからも応援していきます。

祖父や父が向き合ってきた農業と、そこに込めた未来への熱量に惹かれ、工学部を中退。
酪農の専門大学を卒業後、船方農場へ。
現在は酪農と情報発信を担当。趣味はカメラ。
農業は、もっとも手ざわりのあるクリエイティブだと思っている。