ジャーナル
2025.08.23
船方農場の牛たちが草を食む放牧地。その景色の裏側には、土や堆肥、微生物といった小さな命の営みがあります。
今回の船方ファームラジオでは、その循環をテーマに、私たちが放牧へ踏み出すきっかけをくれた“土のお師匠さん”――ファームテックジャパンの吉原さんをゲストに迎えました。
堆肥のこと、牛の健康のこと、そして未来の農場のあり方まで。3人で語り合った1時間半を、ここにまとめます。

坂本:
今日は特別ゲストに、ファームテックジャパンの吉原さんをお迎えしてます。僕らにとっては“土のお師匠さん”みたいな存在です。
社長:
もう3〜4年のお付き合いになるんですよね。最初にお会いしたのは、僕らが放牧に踏み出すかどうか迷ってた時期で。あの出会いがなかったら、今の船方農場はちょっと違ってたかもしれない。
坂本:
あの頃は、まだ牛舎で飼うのが当たり前っていう感覚が強くて。放牧に切り替えるなんて本当にできるのか?っていう不安ばかりでした。でも吉原さんと話して、考え方がガラッと変わったんですよね。
吉原さん:
僕は牛のことは専門じゃないんですけど、“牛糞をどう資源にするか”っていう視点で話をしましたよね。畜産に関わっていると必ず出てくるのが糞尿で、それを「厄介者」と見るか「宝物」と見るかで未来が全然違うんです。
社長:
そこで出てきたのが「嫌気性発酵」っていう考え方。あれは衝撃でしたね。
坂本:
そうそう。堆肥は空気に触れさせて発酵させるもの、って思い込んでましたからね。学校でもそう習ったし、周りの農家さんもみんなそうしてた。でも吉原さんは「空気を遮断して発酵させる方法もある」って言うから、最初は“ほんとかな?”って(笑)。
吉原さん:
でも日本の暮らしを思い出すと、味噌や漬物なんかはみんな嫌気性発酵ですからね。微生物の働きをうまく借りれば、牛糞だって立派な資源になるんですよ。
坂本:
実際にやってみたら、驚きましたよ。あんなに飛び回ってた牛舎のハエが、嘘みたいに減っていったんです。
社長:
あれは衝撃でしたね。夏場なんて、事務所に座ってても耳元でブンブン飛んで落ち着かなかったのに。牛舎とハエはセットだと思ってましたから(笑)。
坂本:
しかもそれだけじゃなかった。乳房炎が減って、体細胞数もぐっと下がった。数字で見ても、牛が明らかに健康になったんです。
吉原さん:
やっぱり微生物ってすごいですよね。糞尿は「処理するもの」じゃなくて「循環のスタート地点」にできるんです。
社長:
あの出会いが分岐点でしたね。今の放牧も、循環を信じて踏み出す勇気も、あそこから始まったんだと思います。

社長:
牛舎の中に菌をまいて、そこで発酵をスタートさせる――あの発想は本当にびっくりしました。普通は堆肥舎に集めてからつくるもんだって思ってましたから。
坂本:
そうですよね。僕らの中では「牛舎=汚れる場所」「堆肥=外でつくるもの」っていう線引きがあったんです。でも吉原さんのやり方は、その線引きを壊してきた(笑)。牛が生活してる場そのものを発酵のスタート地点にするって、当時は本当に新鮮でした。
吉原さん:
牛の専門じゃない立場だからこそ、逆にそういう発想が出たのかもしれませんね。発酵って、新鮮な有機物がある場所が一番なんですよ。だから牛舎の中、つまり糞尿がまだ“生きてる”状態のときに菌に働いてもらうのが理にかなっているんです。
社長:
確かに、あれから牛舎の雰囲気が変わった。前はハエが多くて牛も落ち着かない感じだったのに、今は快適そのもの。
坂本:
牛の健康にも直結しましたよね。乳房炎が減ったのは大きかった。今まで僕らは消毒や殺菌で何とかしようとしてきたけど、それじゃ限界があった。むしろ強い菌が残っちゃって、余計にやっかいになることもあったんです。
吉原さん:
だからこそ「菌で菌をコントロールする」っていう考え方が大事なんです。有用な菌を優勢にして、悪さをする菌を抑える。発酵食品だってそうですよね。味噌や漬物、納豆も、全部微生物同士のバランスで成り立ってる。畜産も同じです。
坂本:
その結果が体細胞数の減少につながった。数値で見ても確かに効果が出てる。
社長:
体細胞数って牧場にとっては分かりやすい健康のサインですよね。低ければ「牛も元気で乳質もいい」っていう証拠になる。
坂本:
でも数字だけじゃなくて、景色も変わりました。乳房炎で苦しんでる牛が減ったことで、牛全体が落ち着いてる。毛並みもツヤツヤだし、表情も柔らかい。健康な牛って、見ただけで分かるんですよね。
吉原さん:
結局、微生物の力で循環が回り出したってことなんです。牛糞は堆肥になり、堆肥が土を豊かにして草を育て、その草を牛が食べてまた命につなげていく。すべてがつながって、ひとつの輪になる。
社長:
牛、土、草、人。全部がぐるぐるつながっていくんですね。
坂本:
僕も“処理”じゃなくて“循環”なんだって視点に変わりました。菌を敵と見ないで仲間にする。それに気づけたのが大きいです。
吉原さん:
目に見えない存在だけど、確実に土や牛舎の環境を支えてるのが微生物。そこにきちんと向き合えるかどうかで、牧場の未来も変わると思います。

坂本:
この春から本格的に放牧を始めて、あらためて思ったんです。「牛って草だけでちゃんと太るんだな」って。頭では分かってたけど、実際に目の前で見ると衝撃でした。
社長:
ほんとそう。最初は「痩せちゃわないか」って心配だったんですよ。でも逆で、毛並みはツヤツヤ、表情も落ち着いて、歩き方まで軽くなった。
坂本:
牛舎に閉じこめてたときより、牛がリラックスしてるのが分かります。広い放牧地で好きに草を食べて歩いてると、性格まで穏やかになった感じがするんですよね。
吉原さん:
やっぱり牛って、もともと草を食べながら移動する生き物ですからね。放牧で“本来の姿”に近づいてるんでしょう。
坂本:
一番驚いたのは初乳の色です。放牧した牛の初乳は濃い黄色で、草に含まれるβカロテンがしっかり反映されてるんです。子牛にとって免疫をつけるための大事な栄養なんですよ。
社長:
前はそこまで濃い色じゃなかった。サイレージや配合飼料が中心だと淡くなるけど、草を食べるとこんなに違うんだって驚きました。
坂本:
分娩後のトラブルも減りましたね。後産停滞とか乳熱とか、以前はよくありましたけど、放牧で日常的に歩いてるから体力がついて、自力で回復できるようになったんです。
吉原さん:
運動って大事ですよね。血流がよくなるし、代謝も上がるから、病気になりにくくなる。
坂本:
健康な牛は見てすぐ分かります。毛並みや体つきが違うし、何より動きが軽い。放牧地に出ると、牛が楽しそうに草を食んでる。その姿を見ると、やっぱりこの選択は間違ってなかったなって思います。
社長:
景色そのものが変わりましたよね。夕方の放牧地に立って牛を眺めると、牧場全体の“健康状態”が一目で分かる。数字以上に、景色が語ってくれるんです。
吉原さん:
景色はごまかせないですからね。牛が良ければ牧場全体も整う。放牧はその証拠を目の前に見せてくれる営みなんだと思います。

吉原さん:
畜産って、どうしても数字で判断しがちですよね。体細胞数とか乳量とか。もちろん大事な指標なんですけど、それだけで本当に牛の状態を語れるかっていうと、そうじゃないと思うんです。
坂本:
そうなんです。牛舎に入った瞬間の匂いとか、空気の重さとか、牛の目つきや立ち方とか。そういう“景色”を見れば「あ、今日は元気だな」とか「ちょっと違和感あるな」って分かる。数字が出る前に、もう景色が教えてくれるんですよね。
社長:
昔から「牛はしゃべらないけど顔に出る」って言いますからね。調子がいいときは顔つきが違うし、逆に疲れてると表情に出る。数字に出る前にサインは出てるんです。
坂本:
実際、体調を崩す牛って数日前から雰囲気が変わるんですよ。群れの中で一頭だけ隅に立ってたり、水を飲む量が減ってたり。あれは数字じゃ拾えない情報です。
吉原さん:
人間だってそうですよね。検査の数値は問題なくても、顔色を見れば「あ、疲れてるな」って分かる。現場ではそういう感覚のほうが信用できたりする。
社長:
僕は放牧を始めてから特にそう思うようになりました。夕方の放牧地に立って、牛たちが夢中で草を食べてる姿を見てると、「ああ、今日はいい一日だったな」って。それだけで牧場の状態が分かる。
坂本:
数字ももちろん必要なんですけどね。でも数字を追いすぎると、牛を“データの塊”としてしか見られなくなる危険がある。そうじゃなくて、牛を牛として見る。景色を感じ取る。そっちのほうがずっと大事だと思います。
吉原さん:
景色ってごまかしが効かないですからね。いい状態のときは本当にきれいに見えるし、悪いときはすぐに分かる。だから、数字と同じくらい景色を信じてほしいと思います。
社長:
景色をどう読み取るかが、その牧場の力なんでしょうね。数字に頼るのは簡単だけど、自分の目と感覚で判断できるようになってこそ、一人前って感じがします。

坂本:
僕らがいま大事にしてるのは、「耕さずに土を育てる」って考え方なんです。農業っていうと耕すのが当たり前みたいに思われがちですけど、この土地では“守って育てる”ほうが合ってる気がして。
社長:
そうなんだよね。ここは北海道みたいに広大な放牧地があるわけじゃなくて、山や田んぼ、集落がすぐ隣にある。いわゆる“里山の風景”の中でどうやって放牧をやっていくか。それが僕らのテーマなんです。
吉原さん:
だからこそ独自性が出せると思いますよ。大規模なやり方をそのまま真似しても続かない。逆に、この地域の自然や環境に合った放牧スタイルを作れれば、それが強みになる。
坂本:
実際にやってみると、草を食べる牛、糞が堆肥になって土を豊かにし、また草が育つっていう循環が、少しずつ見えてきてます。放牧はまだ始めたばかりですけど、これを続けて次の世代につなげたいですね。
社長:
その想いを形にしたのが「命の里構想(2025)」です。牛も人も土も、全部の命がつながる場所をこの土地に作りたい。単に牛乳をつくる農場じゃなくて、未来を描く場にしたいんです。
坂本:
“命の里”っていう言葉は大きく聞こえるかもしれないけど、実際に放牧してると、その意味がよく分かるんです。草も水も菌も牛も人も、全部が支え合ってる。それを実感できるんですよね。
吉原さん:
確かに。都市にいると食べ物はスーパーに並んでいるものって思いがちだけど、その裏には土や草、水や微生物の営みが必ずある。放牧はそれを誰でも目にできるかたちで見せてくれるんですよ。
社長:
だから僕らの仕事は、それを絶やさないように続けていくこと。効率とか数字で言えば割に合わないこともあるけど、景色や循環を守ることにこそ価値があると思ってます。
坂本:
この景色を、もっと多くの人に見てもらいたいです。牛が草を食べる音とか、夕暮れの光に照らされた放牧地とか。そういうものを五感で感じると、“命の循環”って自然と伝わるんですよね。
吉原さん:
「ここに来れば命の循環が見える」っていう場所になれば、地域にとっても希望になりますよ。船方農場がその役割を担っていくのを楽しみにしています。

牛が草を食べ、堆肥になり、土を育て、また草が育つ。
放牧は、その当たり前の循環を、誰もが目にできるかたちにしてくれる。
船方農場は「里山放牧」というスタイルで、この土地に根ざした命の物語を描いていきます。
それが「命の里構想(2025)」――未来に手渡すための、僕らの挑戦です。