ジャーナル
2025.07.17
– 船方農場のソフトクリームが目指すこと。

—— 船方農場のソフトクリームについての話
「こんなに濃厚なのに、後味が軽い」
「牛乳って、こんなに甘かったっけ?」
船方農場のソフトクリームを食べた人から、そんな声が届くたび、
僕たちは少し照れながらも、うれしくなります。
けれどこの“美味しさ”は、特別なレシピや魔法のような秘密から生まれているわけではありません。
それは、土の匂いがあり、牛のまなざしがあり、
毎日を繰り返しながら積み重ねてきた地道な営みの先にあるものです。
今日も、牛が草を食べてミルクを出し、
そのミルクがソフトクリームになる。
そんな日々のなかにある、一口の話です。
—— 市販のソフトとは、ここが違います。
世の中に出回っているソフトクリームの多くは、
水や油脂、香料などをブレンドした“アイスミックス”からつくられています。
安定して同じ味を出すための工夫や技術が詰め込まれており、
それはそれで合理的で素晴らしいことだと思います。
ただ、船方農場のソフトクリームは、
生乳と自家製の生クリームをあわせて約85%。
水は一滴も使わず、甘みにも国産ビートグラニュー糖を使っています。
つまり、ほとんどが牛からいただいた素材でできている。
だからこそ、その味わいにはごまかしが効かず、
“素材まかせ”の正直な味が、そのまま出てしまいます。
でもその分、口に入れた瞬間の広がりや、あとから残る余韻には、まぎれもない「本物のミルクの味」があると信じています。

—— 搾ったミルクは、すぐ隣でソフトに変わる。
牛舎で搾ったミルクは、そのまますぐに敷地内の加工場へ。
船方農場では、飼育から製造までがすべて同じ土地の中で行われています。
そのため、ミルクは運ばれるあいだに時間も温度もほとんど変化しない。
“しぼりたて”の風味をそのまま、クリームに、そしてソフトに。
「つくりたての美味しさ」ではなく、
「生まれたての美味しさ」と呼びたくなるような味です。

—— 放牧酪農、ただいま挑戦中。
私たちは、いま放牧酪農に取り組んでいます。
草を耕さず、なるべく自然のままに保った里山の放牧地で、
牛たちが自由に草を食みながらのびのびと過ごせるよう、環境を整えているところです。
この取り組みは、すぐに結果が出るものではありません。
でも、牛が食べる草の種類や質によって、ミルクの風味は少しずつ変わっていく。
そして、その変化はやがてソフトクリームの味にもあらわれてくるはずです。
今の味にも自信があります。けれど、未来の味はもっと豊かになる。
そう信じて、今日も私たちは草地と向き合い、牛たちを見つめています。

—— それでも、風味を守りたいから。
船方農場では、バッチ式低温殺菌という方法を使っています。
昔ながらの鍋でコトコト煮るように、少量ずつじっくりと熱を加えていくやり方です。
短時間・高温で処理する大量生産の方法と比べて、
とにかく時間も手間もかかります。
けれど、牛乳本来の甘みや香りを守るためには、この方法が一番合っていると思っています。
だからこそ、私たちのソフトクリームには、
「懐かしいのに、新しい」
そんな風味があるのかもしれません。
—— それ、実は自然な証です。
暑い日に食べると、あっという間にミルクがとけ出してくる。
「もう少し長く持ってくれたらいいのに」と言われることもあります。
けれど、その“溶けやすさ”にも理由があります。
船方農場のソフトクリームは、乳原料が多く、水分で薄めていません。
冷凍耐性を高めたり、かたちを長く保つための工夫も最小限。
だからこそ、ミルクの質感がそのまま残っている。
スプーンでそっとすくって、
口の中でゆっくり溶けていくその過程ごと、味わっていただけたらと思います。

コクがあるのに、あと味がすっきりしている。
甘さがあるのに、もう一口食べたくなる。
そんな“矛盾”を大切にして、私たちはこのソフトクリームをつくっています。
素材を生かすということは、ただ「濃くすればいい」わけではありません。
引き算をしていくなかで、“美味しさの芯”のようなものを、きちんと残していくこと。
それができたときに、
「またあれ、食べたいな」と思い出してもらえる味になるのだと思っています。
はじめてソフトクリームを食べた日。
その記憶は、大人になってもどこかに残っているものです。
けれど最近では、「なんか昔より味が違う気がする」なんて声を聞くことも増えてきました。
素材も製法も変わっていく時代だからこそ、
私たちは、子どもたちに「これが本物のミルクの味だよ」と胸を張って渡せるソフトクリームをつくりたい。
土のこと、草のこと、牛のこと。
その全部が、あのひとくちに詰まっている。
小さな手に渡したソフトクリームが、
10年後も思い出せるような“甘い記憶”になることを願って。

特別なことは、なにもしていません。
ただ、当たり前のことを、当たり前に、丁寧に続けているだけです。
でも、その積み重ねの先にあるソフトクリームが、
誰かの疲れを癒し、旅の思い出になり、
「またあれ食べに行こうか」と言ってもらえるような存在になれたとしたら——
それ以上のよろこびはありません。

坂本雄也|船方農場クリエイティブディレクター。
2歳の息子に初めてうちのソフトを渡したら、無言で5分間食べ続けてました。
あれ以来、自分の仕事にちょっとだけ自信が持てています。