JOURNAL

ジャーナル

2025.06.22

「牛がうまれる夜。」

牛のお産に立ち会うたび、思う。
命がうまれる瞬間は、神聖だ。
毎回、違う。毎回、奇跡だ。

私たちの牧場では、これまで屋内でのお産が基本だったけれど、
いつか“放牧地での分娩”に挑戦してみたいと思っている。
それは、効率ではなく、牛にとって本来の姿を取り戻すための小さな一歩だ。

 

牛のお産は、9か月以上の妊娠期間を経てはじまる。
分娩の兆候が見えたら、まず気をつけるのは「立ち会いすぎない」こと。

じっと見すぎると、牛は緊張して、陣痛が止まってしまうことがある。
だから私たちは、そっと離れた場所から見守る。
牛が、自分の力で産もうとする時間を尊重する。

 

お産が進むと、「蹄(ひづめ)」が見えてくる。
最初に見えるのは、前脚だ。2本そろって見えてくるのが理想。
その後に、小さな鼻先が見える。ここまで来たら、もう少し。

あとは、母牛がいきむたびに、少しずつ子牛の体が出てくる。
全身が出た瞬間、呼吸を確認しながら、なるべくすぐに母親に近づけてあげる。

母牛は、すぐに舐め始める。
羊水で濡れた体を、自分の舌で、何十分もかけて、丁寧に乾かす。
それは「体温を上げる」「呼吸を促す」「絆を結ぶ」ための、最初の子育てだ。

ここで大切なのが、「初乳(しょにゅう)」だ。

牛も人と同じように、生まれたばかりの赤ちゃんには免疫がない。
でも、母牛が出す「初乳」には、免疫グロブリンがたっぷり含まれている。
生まれてからの数時間、この初乳を飲むか飲まないかで、
子牛のその後の病気への強さがまるで違ってくる。

私たちは、必ず子牛が自分の足で立って、自分の力で初乳を飲むまで見届ける。
もし飲めない場合には、人の手を借りてでも、どうにかして飲ませる。
それくらい、初乳は「命の鍵」なのだ。

分娩のあとは「胎盤(たいばん)」の確認も重要だ。
これは人間でいう「後産」。
48時間以内に自然に出るのが理想だけれど、
肥満や体力の低下で出ない場合は、子宮内に残って感染の原因になる。

特に、出産直後の母牛はエネルギーを大量に消耗しており、
体力の回復が遅れると、乳熱や子宮炎などのトラブルを起こしやすい。

だからこそ、分娩は“スタート”にすぎない。
その後の観察とケアが、実は一番重要なのだ。

放牧で分娩するということは、こうしたすべてのリスクと向き合いながら、
牛本来の「うまれる力」を信じるということでもある。

朝露の草地で、母と子が寄り添う。
その景色はまだ夢の中だけれど、いつか必ず、実現させたい。

牛たちの本来の暮らしと向き合うこと。
それは、自然とともに生きる農の原点をもう一度取り戻す試みなのかもしれない。

書いた人:坂本雄也(さかもと・ゆうや)

祖父や父が向き合ってきた農業と、そこに込めた未来への熱量に惹かれ、工学部を中退。
酪農の専門大学を卒業後、船方農場へ。
現在は酪農と情報発信を担当。趣味はカメラ。
農業は、もっとも手ざわりのあるクリエイティブだと思っている。