ジャーナル
2026.05.03

田植えとは、苗を田んぼに植え、お米づくりのスタートとなる大切な作業です。
私は普段、船方農場で酪農の仕事をしていますが、春から初夏にかけては田植えにも関わり、田んぼでの作業を行っています。
毎日牛と向き合う日々の中で、この時期だけは少し違う景色が広がります。
朝の空気、田んぼに張られた水、遠くに見える山や空。
同じ農業でも、酪農とはまた違った自然との向き合い方があることを、この田植えの時期に改めて感じています。
船方農場では、およそ30ヘクタールの田んぼに田植えを行っています。
これは東京ドーム約6個分、サッカー場でいうと40面ほどの広さになります。
実際に現場に立ってみると、その広さは想像以上で、見渡す限り田んぼが続いているような感覚になります。
その一枚一枚の田んぼに、コシヒカリや酒米、そして牛たちが食べる飼料用米など、用途の異なるお米を植えていきます。
同じお米でも、それぞれに役割があり、育て方や管理も異なります。
酪農とお米づくりがつながっているこの環境は、船方農場ならではの特徴だと感じています。

田植えの日は、朝の苗の積み込みから1日が始まります。
苗は、姉妹会社である「花の海」で大切に育てられたものを使っています。
朝、その苗を軽トラックに積み込み、その日植える予定の田んぼへ運びます。
まだ空気が少しひんやりとしている時間帯に、苗を積み込む作業をしていると、これから始まる1日の仕事の空気を感じます。
現地に到着すると、苗を田んぼの脇に下ろし、いよいよ田植えの準備が整います。
作業は、田植え機に乗って植え付けを行う人と、私のように助手としてサポートを行う人に分かれて進みます。
それぞれの役割が噛み合うことで、広い田んぼの作業が効率よく進んでいきます。

実際に作業をしてみて強く感じるのは、「流れを止めないこと」の大切さです。
田植え機は、一度動き出すと一定のリズムで進み続けます。
その流れが止まると、作業効率が大きく落ちてしまいます。
私は助手として、苗を補充したり、機械の状態を確認したり、次の準備を整えたりと、常に一歩先を考えながら動きます。
特に苗が切れてしまうと作業は完全に止まってしまうため、「あとどれくらいで無くなるか」を予測することが重要になります。
酪農の仕事でも段取りは重要ですが、田植えではより“流れ”を意識する必要があり、その難しさと面白さを感じています。

田んぼに入り、泥に足を取られながら作業をしていると、ふと小さい頃の記憶がよみがえりました。
家の田植えを手伝っていたあの頃。
水の中にはおたまじゃくしが泳ぎ、カエルの鳴き声があたりに響いていました。
泥に手を入れたときの感触や、少し独特な土の匂いも、今でもはっきりと覚えています。
大人になって改めて田んぼに入ってみると、あの頃と変わらない風景がそこにありました。
機械化が進んでも、自然そのものは変わらず、同じ空気が流れています。
田植えは単なる作業ではなく、そうした感覚や記憶とつながる時間でもあるのだと感じました。
田んぼで作業をしていると、地域の方と顔を合わせる機会も増えます。
「頑張りよるね」
「あんたの姿を見ると、わしも頑張れるよ」
そんなふうに声をかけていただくことがあります。
何気ない一言ですが、その言葉に背中を押されることも多く、改めて自分たちの仕事が地域の中にあることを実感します。
田植えは、ただお米を作るだけの作業ではなく、地域の風景の一部であり、人と人とのつながりの中で続いている仕事なのだと感じます。

田植え機で植えられた苗は、きれいに一直線に並びます。
遠くから見ると、その光景はとても整っていて美しく見えます。
しかし実際には、水の深さや土の状態、機械の調整によって仕上がりは大きく左右されます。
植え付けが浅すぎると苗が浮いてしまい、深すぎると成長に影響が出てしまいます。
ほんの少しのズレが、田んぼ全体で見ると大きな差になります。
現場で作業していると、この整った景色が細かな調整の積み重ねでできていることを強く感じます。

酪農もお米づくりも、「命を育てる」という点では同じ仕事です。
どちらも日々の積み重ねがあり、自然の状態を見ながら判断していく必要があります。
田植えはそのスタート地点にすぎません。
ここから夏の管理を経て、秋に収穫を迎えます。
普段何気なく食べているお米も、こうした長い工程を経て、ようやく食卓に届いています。
田植えに関わることで、その背景をより強く実感するようになりました。

日常生活の中で、実際に田んぼに入る機会は多くないかもしれません。
ですが、少しでも興味を持っていただけたら、ぜひ田んぼの近くを歩いてみてください。
水面に映る空、風に揺れる苗、聞こえてくる生き物の音。
そこには、季節の移ろいとともにある風景があります。
私自身も、こうして田植えに関わることで、普段の仕事とはまた違った自然の一面に気づかされました。
この風景がこれからも当たり前に続いていくことを願いながら、これからも日々の仕事に向き合っていきたいと思います。

祖父や父が向き合ってきた農業と、そこに込めた未来への熱量に惹かれ、工学部を中退。
酪農の専門大学を卒業後、船方農場へ。
現在は酪農と情報発信を担当。趣味はカメラ。
農業は、もっとも手ざわりのあるクリエイティブだと思っている。