ジャーナル
2025.06.17
——目に見えないけれど、確かにそこにあるもの。
(2025年6月 船方農場)
6月。
雨がつづく日々。
草も伸びるし、牛たちも放牧地でよく動く。
いつもより、放牧地の“足音”がはっきり聞こえる季節だ。
ぬかるみを踏む音、草を食む音、フンが落ちる音。
どれも土の上で起きていることだけど、
ふと、「土って、そもそも何なんだろう?」と考えることがある。
土のことを話すと、ちょっとスピリチュアルっぽく聞こえるらしい。
「菌とか微生物とかって、見えないし、ちょっと怪しくないですか?」って。
でも、ぜんぜんそんなことはない。
むしろ、すごくロジカルで、科学的で、現場の感覚とつながってる。
たとえば、菌根菌(きんこんきん)。
菌根菌は、草の根にくっついて共生してる菌で、
根っこが届かない土の奥から、リンやミネラルを集めてくる。
草は、光合成で作った糖を菌に渡す。
菌は栄養を、草に返す。
つまり、持ちつ持たれつ。
この共生関係って、ものすごく洗練されてる。
誰かが偉いわけじゃないし、誰かが搾取されてるわけでもない。
「できることを、できるかたちで」やり合ってる感じがして、
僕はこの菌根菌の仕組みがすごく好きだ。
牧場でも、土に目を向けるようになってから、
草の伸び方、葉の色、根の太さが気になるようになった。
それから、牛が踏んでいく場所の湿り方、
ぬかるんだ土のにおい、フンの上に湧く虫の数……。
どれも、“菌たちの世界”からのメッセージだと思ってる。
放牧をしていると、いろんな変化がある。
たとえば、土にまく堆肥。
うまく発酵していれば、まいた場所の草の勢いがちがう。
土がふかふかになり、草の根がぐっと深く伸びている。
草が元気になると、牛もよく食べる。
牛が健康なフンをする。
そのフンを発酵させて、また土へ戻す。
このぐるぐるまわるサイクルのどこかで菌根菌が働いていると思うと、
なんだか、土の中に小さな仲間がいるような気がする。
もちろん、これは「すごく変わる」話じゃない。
劇的に景色が変わることなんてないし、
明日から草が3倍伸びます、みたいなこともない。
でも、土は確実に変わっていく。
たとえば、
去年よりも、ぬかるみが少ない。
去年よりも、草の茎が太い。
草のにおいが、前よりも甘くなった。
牛の食い込みがよくなった。
どれも、「気のせい」で片づけられそうだけど、
そうじゃないと、僕は思ってる。
「土は命のベッドだ」と言った人がいる。
なんだか詩みたいな表現だけど、ちょっとわかる気もする。
牛も、草も、人間も、
この土の上に立って、歩いて、眠って、食べて、生きている。
目に見えない菌や微生物たちが、
そういう毎日をそっと支えてくれていると思うと、
ありがたくもあり、ちょっと背筋が伸びる。
祖父や父が向き合ってきた農業と、そこに込めた未来への熱量に惹かれ、工学部を中退。
酪農の専門大学を卒業後、船方農場へ。
現在は酪農と情報発信を担当。趣味はカメラ。
農業は、もっとも手ざわりのあるクリエイティブだと思っている。