ジャーナル
2025.10.20

ファームチーズケーキがみなさんに食べていただけるようになって、もう4年が経ちました。
この4年間、
「家族で食べるのが楽しみになった」
「贈った相手にとても喜ばれた」
そんな言葉をいただくことが増えました。
贈りものとして選んでくださる方も多く、
“誰かに渡したいケーキ”として、
この白い一切れが少しずつ育ってきたように思います。
中には、
「今まで食べたチーズケーキの中でダントツでした。」
と話してくださった方もいました。
その言葉が、今も心の支えです。
けれど、このケーキは決して簡単に生まれたわけではありません。
自分たちの牛乳で、自分たちのチーズケーキをつくる。
その夢を形にするまでには、
たくさんの時間と、試行錯誤と、想いがありました。
だからこそ今、改めて語りたい。
ファームチーズケーキ誕生の裏にある、小さなきっかけと、静かな情熱の物語を。

1969年。
船方農場で、最初の牛が飼われました。
阿東の山あいに広がる小さな農場。
その始まりは、たった数頭の牛からでした。
冷たい朝の空気、しぼりたての湯気、牛舎の匂い。
そのどれもが、今も変わらない私たちの原風景です。
半世紀以上が経った今も、
この土地の水と空気に支えられながら、
牛と人が共に生きる日々が続いています。
朝いちばんにしぼるミルクは、
その日の気温や湿度、牛の体調によって少しずつ違います。
甘さが強い日もあれば、やさしい香りの日もある。
そのわずかな違いを感じ取りながら、
私たちは毎日、ミルクと向き合っています。
2021年。
長い時間をかけて育ててきた夢が、
ひとつの白いケーキという形になりました。
それが 「Farm Cheesecake(ファームチーズケーキ)」。
口に入れた瞬間、ふわっと広がるミルクの甘みと、
すっと消えるやさしい余韻。
「ああ、これが船方の味だね。」
そう言ってもらえるようなケーキにしたかった。
家族で食べるおやつに、
自分へのご褒美に、
そして贈りものとして手に取ってくださる方も増えました。
この白いケーキの中には、
1969年から続く私たちの日々、
牛たちとの暮らし、
そして阿東の空気や水の記憶が詰まっています。
それは、どこにでもあるスイーツではなく、
この土地の時間を切り取った“一切れの物語”。

ある日、新山口駅の構内にある「船方農場 CAFE」でのこと。
常連のお客さまが、コーヒーを飲みながら
何気なくこう言ったそうです。
「こんなにおいしいミルクやコーヒーがあるのに、
どうしてケーキがないの?」
その言葉が、スタッフの心に静かに残りました。

農場では毎日、牛の世話をし、ミルクをしぼり、
ヨーグルトやチーズをつくる。
“食材”としてのミルクを届けることには、
ずっと自信と誇りを持っていました。
けれど、“食べる喜び”として届けることは、
まだできていなかった。
「うちのミルクでスイーツをつくる」
そんな夢はずっと頭の片隅にあったけれど、
現実的には簡単なことではありませんでした。
スイーツの世界は奥が深く、
農場の延長線でできるような仕事ではありません。
素材の扱いも、温度の繊細さも、
経験や技術が求められる。
「いつかできたらいいね」と言いながら、
みんながどこかで、“その日はまだ先”だと思っていました。
けれど、あの一言が、
その“まだ先”を少しだけ近づけてくれたのです。
「ケーキがないの?」
たったそれだけの言葉なのに、
なぜか忘れられなかった。
“ミルクを飲む”から“ミルクを食べる”へ。
その瞬間、誰かの言葉が、
船方農場の小さな火を灯しました。
その日から、
スタッフのあいだで“チーズケーキ”という言葉が
少しずつ現実味を帯びていきます。
ミルクの香りを生かすにはどうしたらいいか。
うちの牛乳だからこそできる味とは何か。
その問いが、静かに動き出したのです。

最初の試作を始めたとき、すぐに気づきました。
「これまでのやり方では、船方の味は出せない。」
市販のクリームチーズを使えば、
形にはなる。
でも、それはどこか“うちのミルク”とは違う味。
舌の上でのなめらかさも、香りの立ち方も、
少し遠く感じました。
そこで、思い切って方向を変えることにしました。
「理想のチーズケーキに合わせて、
チーズをつくろう。」
それは、
スイーツづくりの常識からすれば、
少し遠回りな方法かもしれません。
けれど、船方農場にはそのための環境がありました。
牛の健康を見守りながらしぼる新鮮なミルクがある。
そのミルクをすぐに加工できる設備がある。
何よりも、“味を見極める人の目”がある。
ミルクは、気温や湿度、牛の体調で少しずつ表情を変えます。
だからこそ、その日のミルクに合わせて、
チーズの味も仕込み方も微妙に調整する。
「今日は甘みが強いね。」
「じゃあ、酸を少し抑えてみようか。」
そんな小さな会話を重ねながら、
チーズをつくり、味を確かめ、また戻す。
その繰り返しでした。

フロマージュブランはやわらかな酸味を、
クリームチーズは深いコクを。
それぞれの個性をいかしながら、
焼き色をつけず、白のままで仕上げる。
見た目は静かでも、
その中には、ミルクと向き合う毎日の呼吸が詰まっています。
ある日、
焼き上がった試作品を冷やして口に入れたとき、
ふわっと広がる香りに、全員の手が止まりました。
「これだ。」
その瞬間、
“うちの牛のミルク”がようやくチーズケーキという形で姿を見せた気がしました。
それは、
“チーズケーキ”という名前を超えて、
“しぼりたてのミルクを食べるケーキ”になりはじめていました。

船方農場のものづくりの根っこには、
たったひとつの変わらない考えがあります。
「本来のミルクの風味を、できる限り損なわないこと。」
ミルクは、とても繊細な素材です。
温度が一度違うだけで香りが変わり、
撹拌の速さひとつで舌触りが変わります。
だからこそ、私たちは“スピード”や“効率”を求めません。
早くつくることより、
丁寧に確かめながら仕上げることを選びます。

冷却のタイミング、撹拌の時間、チーズに仕立てるまでの間。
どの工程も、ほんの少しの違いで味が変わります。
「これくらいでいいか」ではなく、
「もう少しだけ待ってみよう」。
そう思えるかどうかが、
ミルクの顔を守れるかどうかの分かれ道です。
「昨日より今日、
もう少しミルクの顔を見てあげよう。」
そんな会話を、現場ではよく耳にします。
地味で、時間がかかる仕事です。
でも、その小さな積み重ねの先にだけ、
“うちのミルクの表情”が現れます。
大量生産をしようと思えば、方法はいくらでもあります。
でも、機械だけに任せてしまえば、
ミルクが持つやわらかさも、
生きた風味も、すぐに消えてしまう。
だからこそ、あえて時間をかける。
その“非効率さ”の中に、
私たちはミルクの命の鼓動を感じています。
「ほんの少しの違いかもしれない。
でも、その少しを大切にしたい。」
この考え方は、チーズケーキだけでなく、
牛乳も、ヨーグルトも、すべてに共通しています。
派手ではないけれど、
まっすぐで、やさしい味。
それが、船方農場のものづくりの根幹です。

ファームチーズケーキを見た人が、
最初に口にする言葉があります。
「白いですね。」
焼き色をつけず、真っ白に仕上げる。
それは、私たちが守ってきたひとつの“美学”です。
白は、誤魔化しのきかない色です。
素材の良し悪しも、焼きのムラも、
すべてがそのまま姿を現します。
だからこそ、白く焼き上げるということは、
素材と正面から向き合うことの証でもあります。
「白で勝負する。」
それは、派手さを捨て、真実だけを見せるという覚悟です。
オーブンから白いケーキを取り出すとき、
ふわっと立ち上るミルクの香りが、
工房の空気をやわらかく包みます。
「今日もこの白を守れたな」
そう思える瞬間が、いちばんうれしい。
焦げ目のない白は、儚くて、繊細で、
だからこそ美しい。
素材をまっすぐに扱うと、
味は自然と素朴になります。
甘さも香りも控えめで、
派手な印象はないかもしれません。
けれど、食べたあとに残る余韻は、
やさしく、長く、心に残る。
「強い印象より、長く残る余韻。」
今の時代、華やかでインパクトのある味が目立ちます。
でも、私たちはその逆を選びました。
主張よりも調和。
刺激よりもやさしさ。
そこに、心を満たす豊かさがあると信じています。
白という色、素朴という味。
どちらも“控えめ”かもしれません。
でも、その控えめさの中にこそ、
私たちの誠実さが息づいています。
「見た目よりも、中身を届けたい。」
それが、船方農場の美学です。

理想のチーズケーキの姿が少しずつ見えてきたころ、
製造スタッフが、ある職人と出会いました。
岐阜県にある洋菓子店「プルシック(PÂTISSERIE PULCIC)」。
オーナーパティシエ、所 浩史(ところ ひろし)氏。
素材を見極める力に長け、
余計な装飾を削ぎ落とした“純粋な味”をつくる方です。
私は現場にいたわけではありませんが、
その後スタッフたちから聞いた話を通して、
この出会いがどれほど大きな意味を持っていたかを知りました。
「チーズケーキのために、
ミルクをどう生かすかを考えましょう。」
所さんがそう言ってくださったとき、
開発チームの空気が変わったそうです。
“ケーキを完成させる”という発想から、
“ミルクを主役にする”という考えへ。
砂糖の種類、卵のバランス、バニラビーンズの香り。
どれも、ミルクの個性を引き出すための脇役。
所さんの提案でレシピを見直し、
焼きの温度や湿度を少しずつ調整していく。
その作業は、まるで会話をするようだったといいます。
「味を作るというより、
素材の声を聞く。」
スタッフのひとりが、そう話してくれました。

所さんは監修者というより、
もう一人の“仲間”のような存在でした。
農場にも足を運んでくださり、
牛の姿や、工房の空気、水の冷たさまで確かめながら、
この土地のミルクが持つ“輪郭”を一緒に見つめてくれたそうです。
「素材が本物なら、味は自然に整います。」
その言葉が、開発チームの背中を押しました。
農場と洋菓子店。
遠く離れた場所で生まれた2つのものづくりの哲学が、
白いチーズケーキの上で静かに重なりました。
この出会いがなければ、
今のファームチーズケーキの“やさしさ”は、
きっと生まれていなかったと思います。

2024年のある日、
ひとつの知らせが届きました。
「第66回ジャパン・フード・セレクション」
ファームチーズケーキがグランプリを受賞しました。
その知らせを受け取ったとき、
スタッフのあいだに、静かな驚きと笑顔が広がりました。
審査員の方々からの評価には、
こんな言葉が並んでいました。
・パッケージが上品で扱いやすい
・自社の乳製品をふんだんに使用している点
・ミルクの香りとやさしい甘みのバランスが良い
・グルテンフリーで、安心して贈れる
・大切な人に自信を持って渡せる信頼感がある
読みながら思いました。
これは、特別なことをしたわけではなく、
私たちがずっと続けてきた“当たり前”のこと。
その当たり前を見つめ、
丁寧に感じ取ってくれたことが、何より嬉しかった。
この受賞は、
派手なトロフィーよりも、
「このやり方でいいんだ」と思わせてくれる
静かな励ましのようなものでした。


翌年、2025年。
雑誌『Discover Japan 1月号』の特集
「ニッポンのいいもの美味いもの」で、
山口県の名宿 大谷山荘 さんが、
ファームチーズケーキをセレクトしてくださいました。
宿の売店でもお取り扱いいただき、
「宿で過ごす時間のお供に。」
「大切な方へのお土産にぴったりの一品。」
そんな紹介文とともに、
阿東の小さな農場で生まれた白いケーキが、
全国の読者に紹介されました。
私たちにとって、それは“到達点”ではなく、
「次の季節に向けた、はじまり」でした。
農場の味が、
誰かの旅の記憶や、
家族の時間の一部になっていく。
その光景を想像するだけで、
誇らしさよりも感謝の気持ちがこみあげます。
「丁寧に作ることは、誰かを幸せにすること。」
その言葉を胸に、
これからもひとつひとつ、
白いケーキを焼き続けていきます。

牧場に吹く風の音。
しぼりたてのミルクの湯気。
牛たちのまなざしと、朝の光。
そのどれもが、私たちの毎日を形づくっています。
ファームチーズケーキは、
そんな日々の積み重ねから生まれた “農場の記憶” そのものです。
材料のひとつひとつが、阿東の自然の恵みであり、
働く人の手の跡であり、
そして牛たちの命の営みでもあります。
だからこのケーキを食べるとき、
単なるスイーツとしてではなく、
“誰かの時間”を一緒に味わってもらえたらと思います。
冷凍の箱を開けた瞬間に広がる、やさしいミルクの香り。
それは、遠く離れた牧場から届いた、
小さな手紙のようなものかもしれません。
「おいしいね。」
そんな声が聞こえるたびに、
私たちは、阿東の風景を少し届けられた気がします。
贈りものとして、このケーキを選んでくださる方が増えました。
誕生日や記念日、
あるいは、さりげない「ありがとう」の気持ちを添えるために。
その姿を見るたびに思います。
「ああ、“農場”が届いているんだ。」
白いケーキの中には、
牛の息づかい、土地の水の味、
そして、人の手の温度が確かに息づいています。
私たちはこれからも、
大切な人の笑顔を思い浮かべながら、
一つひとつ、ていねいに焼き続けます。
「農場を、贈ろう。」
それは、
ただの言葉ではなく、
私たちの生き方そのものです。
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